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「主さんは、海をどう思う?」彼の声はまるで穏やかな波のようだと私は思っていた。いつも、この慣れ親しんだ場所から見える本物のような海を見ながら伸びをして主、隣どうぞ!と元気よく声をかけてくれる彼は穏やかで、優しい優しい波。「…海?」「そう、海…

笑わない女

「お前はいつだって笑ってねえな」いつもの煙草を吹かしながら言う黒髪の男は、その緑の瞳を1人の女に向けて言う。細められたその瞳はその女に何を見ているのか。それはきっと、本人にしか分かりえないことである。「…そんなことないですよ」困ったように口…

まずい

「マジで不味い。なんでこんなん吸えんだ」ある任務の途中、少しの間できた休憩時間の喫煙所。そんな時に火をつけた瞬間取られたその煙草は、たった今その煙と共に文句を吐き出した男の手元にある。それ、俺の大事な一本なんだが。そういう言葉は仕方ないから…

届かない手紙

ねえ、元気にしてる?ふと思いついて書き出した手紙。それは誰かに届くことはきっとないだろう。わかってはいる。わかってさいるけれど何となく書き始めてしまった。そうなればなんだかもうなるようになれと思うのが昔からの僕の癖である。仕方がない。ここは…

この声が聞こえたならば

この世界には昔から年に一度、願い事を紙に書いて下げるという風習があるらしい。ディノスは楽しげにそう話す相棒を横目で見た後に、もう暗くなっている空を見上げる。今日は満点の星空だ。その空の上にいた時では見られなかっただろう、その数々の星達に思わ…

行方知らずの狂詩曲

「お前ピアノ弾けたの?」そう言ってノックもせずに無断で部屋に入ってきたのは掴みどころのない真っ白な男。その白の瞳は長年付き合いがある青い青年にさえ恐怖を与える。何せこの男の瞳の色は、透き通るような白ではなく、何もかも包み隠してしまうかのよう…

遅すぎた選択

『貴方は将来どんな風になるのかな』昔々、とある人に問いかけられた言葉。その言葉へ言葉を返すことはきっと今でさえも出来ないだろう。そんなことをぼんやりと思う。いつしか見なくなっていた鏡をふと見ると、忌々しい頬の痣が目に入って思わず鏡を殴ってし…

夕闇がぼくらを呼んでいた

夕方。それは昼と夜の真ん中。橙色の空はまるで太陽に焼かれてしまったかのような鮮やかさで、それを粛々と夜の闇が静かに静かに冷ましていく。大体の人はいつも見ているはずなのに、いつの間にかその橙は姿を隠す。少しでも何かに気を取られていると、あっと…

空の色のように

「明日からまじで本部に入隊すんのか〜…」「いや、まだ仮っつーか…。体験入学?いやそれも違うか…。まあ触りみてえなもんだろ」「いやそりゃそうだけど!でもなんか、こう、実感?というかさ、今まで目標にしてたのが目の前にあるとビビる、っつーか…」「…

独白

今日もどこかで誰かが死んだ。そう思いながら起きる朝はいつまで経ってもいいものではない。誰かが死ぬのを見たことはあるか。俺は残念ながら、ある。「オディリオくん、好きだったよ」そんなことを言ってクソみたいに綺麗に死んでいった奴らばかりを見てきた…