この声が聞こえたならば

この世界には昔から年に一度、願い事を紙に書いて下げるという風習があるらしい。
ディノスは楽しげにそう話す相棒を横目で見た後に、もう暗くなっている空を見上げる。
今日は満点の星空だ。その空の上にいた時では見られなかっただろう、その数々の星達に思わず目を奪われる。世界はこれだけ広くて、果てしない。我が主はこんなにも綺麗な世界を作ったんだなと考えると、なんだか涙さえ出てくる。ディノスは不思議な感覚に囚われた。

「それでさ、ディノスの願い事は?」

「…あ?」

「だから願い事だよ。さては何も聞いてなかったね?」

「あー、いや別に」

「いや俺にはわかるから。誤魔化しても無駄」

不機嫌そうにした割にはすぐに楽しそうになるのもこいつの何だかいいとこだよな、と思ったディノスは悪かったって、と相棒__アクトに謝ると、じゃあこれ、とアクトに1枚の紙切れを渡される。
それを訝しげに見たディノスを見て、更に楽しそうに笑うアクト。今日はどうやらいつもより大層ご機嫌なようだ。

「何だこの紙切れ」

「短冊、って言うらしいよ。願い事を書いて、どっかに下げるんだってさ」

「へえ」

「俺はもう書いたから、あとはディノスだけ」

「…お前、こういうこと昔から好きだよな」

「まあね。夢あって俺は好きだよ」

そう言ってアクトは先程のディノスと同じように空を見上げた。綺麗なアクトの瞳に無数の星が映る。きっと自分と相棒とではこの星空の意味が違うんだろうな、とディノスは短冊とそんな夢見がちな相棒を見ながら何となく考えた。

「夢とか願い事とか、そういうことを我が主に願う人間の姿は、滑稽で何だか可哀想にも見えるけどさ」

「……」

「でも我が主は、そんな人間が愛おしかったんでしょう?それなら俺らだって、愛してあげないとおかしいとは思わない?」

「…お前は優しすぎなんだよ」

「我が主のことも言ってる?」

「………まあな」

「はは!お前も大概優しいよ!」

そう言って楽しそうに笑う相棒に、つられて笑うディノスは確かにな、等と心の中でそれに頷いた。
正直、ディノスは願い事等の所謂他人頼みは好きではなかった。
だけども、我が主や相棒が愛おしいと言うのなら、無下にするのも気が引けるし、それも何だか悪くない等と思う自分もいることに、ため息を着いてしまう。
大概優しい…自分の中では甘いんだろうなと片付けて隅に追いやっているが、きっとこの甘さが変わることもないんだろうな、と完結させこの思考を終わらせる。

「仕方ねえなあ」

「何願うの?ねえ教えてよ」

「お前にだけは絶対嫌だね」

「ディノスのケチ!!!」

今度こそ不機嫌だ!という態度でベランダから部屋の中へ行ってしまったアクトを見送りながら、ディノスは手の中の短冊に願いを込める。

『アクトの願いが叶いますように』

俺の願いは、自分で叶えるさ。そう空に誓って、ディノスはその短冊をそっとしまった。

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「頭の硬いディノスの事だから、願い事は自分で叶えるものだなんて言うと思っていたのに」

「あいつも大概、本当に甘いんだから」

『ディノスが幸せになれますように』

「我が主。もしこの声が届くのならば、俺の願いを聞き届けていただけませんか。俺のことはいいから、ディノスのことを沢山守ってあげてくださいませ。それを叶えてくれましたら…、俺はこの身が朽ちる時まで、貴方に従い尽くしましょう」

願い事は、誓いでもあり契約でもあると思う。アクトは心の中でそう思っていた。
叶うかどうか、そもそも聞こえてるか見えているか、そんなことさえも分からない一方的なもの。だからこそ、夢がある。何だって言える。
己に正直でいられる。

「俺は、俺の願いを叶えたいよ。もしその時に俺も傍にいれたのなら、それは嬉しいことだね」

でもそれは願わない。相棒だからと言って、全てがわかる訳では無いのだから。
そっと小さな己の欲望だけは、自分で叶えてみせたいと心の奥にしまいながら、アクトは満点の星空に1人願いをかけた。

2023年7月31日