※撤退済み企画での内容ですが、ログとして残しています
俺は無から生まれた。
無から生まれた俺は有とならなければならなかった。
有能な天族様。優秀な天族様。それは俺が求められたものだ。
無はどうやら神というらしい。神は崇められ、主と敬われ、俺達天族様を使役する。世を守る。綺麗な世界を作る。魔族と対立する。
……俺は無から生まれた有能な天族様、ヒルタ。そんな俺のつまらない話。
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「ヒルタくん本当にいつも頑張ってるね〜」
無から生まれてしばらく。
俺はどうやら周りから見ても優秀な天族様でいられているようだった。
無駄なことに何故か俺らには感情がついている。ただ仕事をするために生み出したのなら天族に感情なんていらないだろう。そうは思いつつも、この感情を上手く使いこなせれば地上の者との交流も可能である、ということかと適当に解釈をしてこの無駄な思考を隅へと追いやった。恐らくまた引き出すことはある、はず。
「俺は言われるがままにやっているだけです」
「そんなことないよ!本当に優秀だって評判なんだよ〜」
そう言ってヘラヘラ笑っているのはどうやら俺よりも先に生まれ俺の面倒を見ている天族様だ。俺は何となく、この人が苦手である。無駄な笑顔が多い。無駄な行動も多い。無駄に褒める。それに何の意味がある。成果を上げた。それを回収して評価が上がるのは良い事だが、実際に上にいけるわけじゃない。でもまあ、仕方ないから表面上だけでも褒められておく。そうでもしないと、世渡りなんて出来ないとどこかで見たような、聞いたような。
「それで今度は君一人で任務に行きなってさ。俺は御役御免」
「へえ。それはそれは」
「お前喜んでるだろ?」
「そんなことないですよ」
「お前ー!!」
ゲシゲシと頭を撫でられ髪をぐちゃぐちゃにされる。折角綺麗にした髪が、どこからどう見ても評判が良いであろう俺の黒髪が、ぐちゃぐちゃ。溜息をつきたくもなるものの、何とか飲み込み笑顔で「お世話になりました」と言い軽く礼をする。
本当は離れられてせいせいしている。そう言ってやりたい気持ちを抑えつつ、俺の評価が下がりかねない、と気持ちを落ちつかせる。俺は優秀だから、そんなことだってできる。
そんな先輩はどうやら俺がお礼を言うのを珍しく思った様子。目を見開きヒルタ〜!!と抱きついてくるではないか。暑苦しいにも程がある。離れろ。本当に離れろ。ただ俺は優しいからそのままにしてやった。まあ、そんなこともこれで最後である。そう思ったら適当に抱きしめられて終わってやろう。俺は優しいから。
そうして優秀すぎるが故に距離を置かれていた俺に優しくした哀れな先輩は、俺が戻ってきた時にはもういなくなっていた。
どうやら天界を追放された、いや魔族と負けたらしい、単純にどこかで死んでしまったのだろう。色んな噂が天界の酒場をぐるぐるとしていた。
酒は別に興味が無い。だから、それを酒飲みの天族様に聞いた時には思わず笑ってしまった。だって、こんなにも面白い話はあるものか、と。
馬鹿だろう。優しいやつほど、真面目なやつほど先に死ぬ。それなのに自分のために生を使わずに他人のために使う。俺はそんな生き方は真っ平御免だ。
そう改めて思った俺は仕事中にも関わらず酒を飲んでいた酒飲みの天族様の大事な大事な酒を奪って飲み干してやった。何するんだよと怒られたが、その後高めの酒を奢ってやったので許された。まあ、交換条件だよね。そうやって世界は回っているんだよね。俺はまた1つ成長出来たようだ。
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この間地上でいい言葉を聞いた。
「自分の機嫌は自分で取るものだ」などという言葉。
世界は全然面白くない。地上にいたら力は半減するし疲れるしただただ平和な世界を眺めている。神はそれを良しとするし俺達天族もそう思うように作られているのだろう。何も思わないことの方が多い。
だが、たまに俺が、俺自身の感情が叫ぶ感覚がする。
お前の好きなままに、無理なら変えてしまえばいい、などと叫んでいる。俺の感情が。
「…厄介なもんだね」
ぐしゃり。足元にいる哀れな魔物を一蹴り。先程狩った哀れな魔物だ。どうやら元が人族らしく、裏のあれこれをした故に瘴気に当てられ魔物と化したようだ。
肉がさらけ出され穢れた血がドロドロと流れている。汚らわしいとは思わない。だけど、俺はこうはなりたくないとは思う。
「…ねえ、君はさあ。どう生きたかったの?なんでそんな風になってしまったのかなあ?俺に教えてよ」
魔物は動かない。流れる血だけがその生命を証明していたもの。それがブーツについたところで別に構わない。俺は質問を続ける。
「俺は天族様だからさあ、こうやって生きていくしかないんだ。強くて気高くて美しくて正しい。そんな天族様」
魔物はどんどん冷たくなっていく。
「そんな飼い犬みたいな生き方と、お前が好きに生きた故のこの生き方。お前ならどっちが良かったんだよ」
死体は何も喋らない。
「…アハハ、馬鹿だね」
俺は無から生まれた有能で優秀な天族様。
今日も俺は無を生きている。
すっかり張り付いたこの笑顔を、俺は今日も忘れない。
自分が笑っていられるように、目の前の障害を取り除いていくのだから。