「マジで不味い。なんでこんなん吸えんだ」
ある任務の途中、少しの間できた休憩時間の喫煙所。
そんな時に火をつけた瞬間取られたその煙草は、たった今その煙と共に文句を吐き出した男の手元にある。
それ、俺の大事な一本なんだが。そういう言葉は仕方ないから飲み込んで、「慣れと依存だな」と俺は無い煙草の代わりにため息を吐き出した。まあ、こういうことはたまにあるものだ。別に動じることはない。
「こんなん慣れるかよ」
「俺の場合は武器にもなるから仕方ない。元から煙が身体の1部のようなものだからな」
「はあ。…ったく、口の中最悪だ」
けほけほとわざとらしく咳をする煌は、見ているだけだとなんだか見栄を張った少年のようだ。色んなことを経験してきた仲間だとは思っていたが、こいつにもまだ人間らしい一面は少し残っていたんだなと思うと少し安心する。ふっと笑みをこぼれそうになるのを誤魔化そうとして、また煙草を1本取りだし火をつけた。それを見る煌はげえと変な顔をこちらに向ける。本当に嫌そうな顔だな、それ。
「マジでバカだな」
「お前にとっての血みたいなものだ」
「…そうかよ」
煌は言葉の勢いを弱めてそっぽを向いてしまった。こうは言ったもの、よくよく考えてみたら煙草に依存をするなんて、それこそ人間のすることだな。化け物のような俺らなのに。そう思ったらなんだか吸う気力が少し失せてきてしまったが、まあ火をつけたから無駄にはしない。最近の煙草は高いのだ。俺にとっては片腕のようなものだからできるだけ安く手に入れてはいるものの、やっぱりその値段は気に入らない 。政府は一体何を考えている。
悶々と考えながら煙草をふかしていると、文句がありげに煌がこちらを見てきた。煙草の匂いが気に入らないのだろうか。そう聞くと「別にそうじゃねえ」と嫌そうな言葉が返ってきた。たまにこいつの考えていることは本当にわからないが、錦に聞いてみると「お前が鈍感なだけだよ」と笑顔で言われてしまったので、きっとそういうことなんだろう。正直、いまいちピンと来ていないが。
煌は未だに文句のある顔でこちらを見てくる。もしかしてやっぱり吸いたいのだろうか。先程の煙草はとっくに地面に踏み潰していたというのに。もったいないだろう。それにもうこの煙草はやるつもりも特にない。そう思いながら俺は煙と言葉を吐き出す。
「こんなの吸わない方がいい。吸ったところで意味は無い」
「そうかよ」
「そうだ」
「…」
俺は煌が足で踏んで火を消してしまった可哀想な煙草を横目で見ながら、息を1つ吸って、そして吐き出した。こうすると、頭がスっとスッキリして冴えた感じになる。それと同時に俺のどうしようも無いこの人間らしさに、嫌気がさしてくる。
「…血だって、いいもんじゃねえ」
「だろうな」
「お前にわかるかよ」
「お前だって煙草の良さも悪さも、わからないだろう」
「…わかりたくねーよ」
「それでいい」
わからないものは、わからないままでいいものもある。きっと世界はそう出来ている。
知ってしまったら傷を負う。それを俺らは身をもって知っている。だから、少しでも知らなくていいものは、知らなくてもいい。俺はそう思う。
煌は「先戻る」と2人しか居なかった喫煙所からガチャリとドアを鳴らし出ていった。何がしたかったんだろうか。そう思いながらふかしていた煙草が最後の辺りになると、ふと携帯端末が揺れる。画面は錦。チャットの画面を開くと、そろそろ行くとのことだった。灰皿にねじ込まれ消えていく火は儚い。俺はコートの襟を直して仲間の合流場所へ戻っていった。
「煌、煙草臭かったけどなんかあった?」
「さあな」
「あれ今の煙草じゃん。もしかして取られた?」
「…まあ、たまにはお前らにあげるのもいいかもな」
「えー、烈の煙草不味いからな」
「味はどうでもいい。大事なのは煙の質だ」
「はいはい、煙マイスターさん」
「わかっていないだろう」
「いいっしょ別に。わからないものがあったって」
「…そうだな」
「おい何話してんだ。さっさと行くぞ」
「はいはいせっかち煌くん!」
「うっせえ」