「お前はいつだって笑ってねえな」
いつもの煙草を吹かしながら言う黒髪の男は、その緑の瞳を1人の女に向けて言う。細められたその瞳はその女に何を見ているのか。それはきっと、本人にしか分かりえないことである。
「…そんなことないですよ」
困ったように口の端を上げた白髪の女は、赤い瞳を細めて笑った様にする。そう、その顔はきっと、普通に言ってしまえば笑っている。少し困った時の笑顔そのものでしかない。
なのに男はこう続ける。「そんなことあんだよ」と。
「お前が決めたことにとやかく言う立場にはねえが、その顔は嫌いだ」
「そうですか」
「その顔をあいつが見たらどう思う?てか、どう接してんだよ、あいつはさ」
女はぴくりと反応する。細められていた瞳は下を向き、何かを想うかのように伏せられて良くは見えないだろう。そんな瞳を、男は寂しそうに見つめる。
気にしなきゃいいだけの話である。男だって、きっと何も気にせずに、何にも触らずにじっとしていればいいはずなのに。それでも触れてしまう。触れて、掴んで、揺さぶって、その反応を伺って。
何て酷い男なんだろうな、とまた1つ、男は女とは違う方向に煙を吐き出した。
「…清光は、変わらないですよ」
「自分は、変わったのか?」
「貴方も変わりましたよ」
「俺は変わってなんかねえよ」
「変わりましたよ。前よりも意地悪に」
「意地がわりいのは元からだ」
女は諦めたかのようにため息をひとつ吐いた。そうですね。そう呟くとくるりと男に背を向けて、この会話を終わらせようとした。だが男はそれを許しはしなかった。まだ話があると、その腕を掴む。
「なんなんですか、」
「お前は、何で笑わねえんだ」
「笑ってます」
女の顔は、最早笑顔の欠片も見当たらない。焦ったように早口で否定の声を上げる女は男の顔を睨みつけた後に、その瞳を見るとこに耐えられない、と言う様に下を向く。
男は女のつむじを見つめながら、口にしていた煙草を手で握り潰して、最後の煙を吐き出す。
「お前は、お前が思っている以上に、笑えてねえよ」
床が静かに静かに、濡れていく。この雨はきっと、これからも流れ続けるのであろう。