※撤退済み企画での内容ですが、ログとして残しています
俺が生まれた国の空は、どうやら普通とは違うらしい。
いや、そもそもというもの、どうやらあれは空と呼ばれるものでは無いそうなのだ。あれは海だ。この果ても、下だって、海。俺らはそんな広大な海に囲まれ、そして守られて生きているんだとエルフの恩師、アンドラはいつの日かの……なんだっけ、結界の授業かなんかで言っていた。
「レグロは海好き?」
「おう!沢山泳げるし気持ちいし最高だ!」
「いいなあ、僕も君みたいに泳いでみたいよ」
そう言って空のようなものを見上げるもう1人の恩師、フォルティスは慣れた手つきで、俺との手合わせにより少し乱れていた首元のタイを直す。胸元できらりと光るその宝石は、最早心臓の片方とも言っても良い奴から貰ったものだと、そういや言っていたっけ。
竜族の特徴でもあるその立派な角やしなやかな尻尾は、今日もいつも通り綺麗だな、なんて横目で見る。俺の鱗も、後でちょっと磨いてあげよう。そう思いながら俺は俺である証のその煌めきをなぞった。
…そういやこれは、何の光を反射してるんだろう。
「フォルティスやアンドラは、本当の空を見たことがあるんだろ?」
「うん、そうだね」
「なんかさ、俺にとってはそっちの方が羨ましい。この海を泳いでいると……正直、空と海の境界線がないような気がして、よくわかんなくなるし」
「……なるほど」
「雨とか、雪とか、なんかそういうのがさ!前に読んだ本で空から色々降ってくるって話も見た」
このヒレが生えた腕を空…、否、この世界の天井へとそっと伸ばす。光が差し込みまだまだ明るいこの世界に手を振るかのように腕の角度を変える。たちまちきらきらと光るそれは、確かに太陽というものの光を反射してはいるのだろう。
けど、そうじゃない。そうじゃなくて。
何かが、違うくて。
まだ足りないと腕を伸ばす。爪先立ちになり、もう少し伸びないかと足掻いたりもする。筋が伸びた感覚がする。もう伸びないよと体が叫んでいる。でも、それでも。
「俺は…、いや、俺みたいにこの海の中で生まれて、この海の中で育って、この海を出たことないような奴は、あの空を知らないんだ」
足りない。
まだ俺は、このエンダルシアという世界を知らなすぎる。
俺は生まれた時からこのアーベントの海の結界に囲まれた世界にいた。
海下層と呼ばれるこの世界だって、俺が行ったことがない場所が沢山ある。それくらい広いけど、それでも上が気になること、あの海越しに見える空は実際にはどんなものか、とガキの頃から焦がれ、憧れを抱くのはずっと変わらなかった。
俺に興味がなさそうな両親も、どうやら外を知らないそうだった。正直あんまり覚えていないけど、記憶上、外の世界の話は聞いたこともない。上層?の話は何となく、聞いた気もするけど。
だからこそだろうか。あの日、あの人の見たこともないその姿に目が離せなかったのは。